夢へのキャリア

貴族の宝石爆買い!ティファニー創業者チャールズ・ティファニー

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もうすぐ来る、父の日や母の日、クリスマスやバレンタイン、さらには1日3食といった多くのしきたりや習慣といったものが消費者に商品を買わせるために仕掛けられている場合が多かったりします。

 

とはいってもやはり、その日が来るとどんなプレゼントを買おうかと考え始める人が多いかと思います。

そんな中、100年以上もの間ギフトやプレゼントを提供し続け、今なおそのブランドを高く保っている会社があります。

 

それが今日ご紹介する世界を代表する宝石のお店ティファニーです。

 

チャールズ・L・ティファニーのストーリー

宝飾と銀の製品、さらには心臓が止まるほどの値段もするダイヤまでが立ち並ぶ世界の宝石店ティファニー。

一体何人の女性がその特徴的なブルーの箱を受け取り胸を躍らせてきたのでしょうか。

今回はその150年以上にもわたる歴史を生み出したティファニー創業者チャールズ・ルイス・ティファニーのストーリーについて見ていきましょう。

1812年2月15日、アメリカのコネチカット州にてチャールズ・ルイス・ティファニーは生を受けました。

地元の学校で初等教育を受けたティファニーは、学校に行きながらも父親が営んでいた綿製造の仕事を手伝っていました。

そしてそのまま家業を手伝い、25歳になるまで製粉所のオフィスで父と共に働いていたのです。

ただ、1837年のある日、ティファニーは父親にニューヨークへ移るということを話したのです。

日頃の仕事に満足を得られないから、友達とニューヨークで自分で商売をしたいのだと父親に説明します。

すると父親は『一体、いくら金を持っているんだ?』と尋ねました。ティファニーが2〜300ドルほど、と答えると、『その程度のお金で店が開けるのか?』と再び尋ねます。

なんとかやっていくと答えるティファニーに対して、父親は1000ドルの資金を提供したのです。

こうしてティファニーは友人のジョン・B・ヤングとともにニューヨークのブロードウェイ259番地にてティファニー&ヤングという会社を設立しました。

 

始めた当時は文房具やギフト用の商品を売っていて、初めの3日間での売り上げは5ドルにも満たなくあまり幸先の良い出だしとは言えませんでした。

そんななかでも、時によって値段を変えていた時価が主流の当時には珍しく、ティファニーたちは各商品に値札をつけて一切値引きはしないという方針を立て、品質の良いものを取り揃えました。

これが話題になってそこそこのお客さんが集まるようにはなっていたのです。

1841年にはエリスをパートナーに加え、ティファニー・ヤング&エリスという社名に変えます。

そしてティファニーは1845年に世界初となる郵送で通信販売を行うメール・オーダー・カタログの『ブルーブック』の発行を開始したのです。

そこで、中国の輸入品や、日本の紙張り子、ステッキなどを販売していきました。

こうして徐々に売り上げを立てていったティファニーでしたが、1848年にある転機が訪れたのです。

それがフランスで起きた二月革命で、貴族たちが国を逃れようと宝石などを売って現金に換え始めたのです。

これに目をつけたティファニーは、安い値段でフランス王室の王冠や、マリーアントワネット、ルイ15世の宝石などを買いまくったのです。

こてによってティファニーは瞬く間に宝石商としての地位を確立していきました。

そして事業を拡大するためにも1950年からはパリにも出店し、銀細工師の事業を買収してオリジナルデザインの銀製品の販売を開始しました。

さらにティファニーは共同経営者から経営権を買い取ると、『ティファニー&カンパニー』と改名してそのブランドを確立させていきました。

その勢いはとどまることなく、貴族から買い取った宝石や自社開発の宝石によってティファニー自身はマディソン街に4階建ての家を建てるまでの資産家へと変貌していったのです。

そしてそのジュエリーは1867年にパリで行われた展示会で金賞を取ったことによってアメリカ全土に名が知れ渡ることとなります。

とはいってもティファニーはあまり店舗を増やそうとはせずに、1870年になるまででも4店舗ほどしか出店はしませんでした。

しかし、世界初の通販カタログや、貴族の宝石を買い漁ったりと派手な動きが好きなティファニーはここでまた、世界最大級の128.5カラッとのダイヤモンドを買って注目を集めます。

さらにエジソンとタッグを組んで、宝石に当てる光を工夫したり、ダイヤモンドを6本の爪で支える『ティファニー・セッティング』、アメリカ印章のデザインなど、100年以上経った今でも受け継がれるものを世に生み出していったのです。

そしてそんな中、チャールズ・ティファニーは息子のルイス・コンフォート・ティファニーに意志を受け継いで90歳にしてこの世を去って行きました。

そしてその意志は受け継がれて、世界でも高級なブランドとして地位を確立したティファニーは、オードリー・ヘップバーン主演の『ティファニーで朝食を』によってそのなを世界に知られるようになったのです。

はじめは決死の覚悟でニューヨークへと移り住み、友人と共にギフト屋を始めたティファニーでしたが、おもい切った行動を誰よりも先に行うことによってその地位を高めていきました。

そして今では30もの国に展開し、40億ドルもの売り上げを上げる企業へと成長していったのです。

ティファニーは新しい考えを取り入れ挑戦することの大切さを教えてくれた気がします。

 

【参考記事】

https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Lewis_Tiffany

http://www.biography.com/people/charles-tiffany-9507386

http://www.inova-ioi.com/brand/tiffany/history.html

参考図書

 

 

「世界の大富豪」成功の法則―彼らが大金持ちになるには「理由」があった!

 

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