夢へのキャリア

5歳でマッチ売り!IKEA創業者イングヴァル・カンプラード

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私は大分県にいるのですが、シンガポールで住んでいて友人に『イケア行こうぜ!』

と言われて、『イケア』って日本の何かか?

と思ったのですが、どうやら大分の田舎者の私はイケアの存在を知りませんでした。

実は日本でも東京や大阪、九州でも福岡といった主要都市にしか出店していないそうです。

イケアは世界的な家具の小売会社として有名ですが、なんと日本人が知らなくても創設者は世界長者番付で8位にランクするほどの大金持ちでした。

今回はそんな巨大なイケア帝国を一代で築きあげた、スウェーデンの天才起業家イングヴァル・カンプラードの人生について見ていきたいと思います。

 

IKEA創業者イングヴァル・カンプラード

北欧家具といえばデザイン性が独特なことから日本でもかなり人気がありますが、この家具を世界に低価格で広めた企業こそスウェーデン発祥のIKEAです。

IKEAは非上場ながらも全世界で3兆〜4兆円もの売り上げを誇り、実に14万人もの従業員がそこで一生懸命働いています。

今回はそんな巨大な帝国を作り上げた天才的商売感覚の持ち主であるイングヴァル・カンプラードのサクセスストーリーについて見ていきましょう。

 

1926年3月30日、スウェーデン南部にあるスモーランド地方にあるアグナリッドという小さな村にイングヴァル・カンプラードという男の子が生まれました。

村の近くのエルムタリッドという農場ですくすくと育ったカンプラードは、田舎だからといって遊ことに困ることはありませんでした。

5歳で近所の人に初めてマッチを売ることを覚えたのです。

7歳になったカンプラードは首都のストックホルムでマッチ箱を大量に安く買えると知り、それを自転車のカゴに入れて走り回り、近所の人や同級生に売りさばいたのです。

やがて取り扱う商品は魚や、森で手に入れた木の実、クリスマスツリーのデコレーションなどと増やしていきます。

カンプラードが商売をやったのには祖父と祖母がいたからかもしれません。

祖父はとある事業で失敗して、その時に祖母がその事業を立て直したのです。その祖母からカンプラードは商売には自制心と忍耐が大切だということを教わったのです。

やがて成長していき高校生になったカンプラードは学校でいい成績をとって、父親からご褒美にまとまった金額をプレゼントされます。

この資金を元にしてカンプラードは夢だった会社を立ち上げようと決めました。

そしてその会社に、自分のイニシャルのIKと生まれ育ったエルムタリッド農場とアグナリッド村の頭文字であるEAをくっつけてIKEAと名付けたのです。

はじめはミルク缶保管小屋から始まったIKEAはフランスから輸入した万年筆や財布、そしてペンや写真立てなどといった家庭用雑貨を販売していました。

商品の値段を安く仕入れてとにかく安く、そして電話や郵便、ミルク運搬トラックを使って素早く売りさばくことで利益を拡大させていきました。

しかしやがてカンプラードの競争相手が家具を販売していたために、興味は家具へと移っていきます。

ところがカンプラードはここである一つの問題にぶちあたります。

それが、当時の家具は製作も運搬費もかかるので高いというのが一般的だったのです。そこでこの問題を解決するためにカンプラードは低価格で中低所得者向けに販売すると決めたのです。

そして1947年に家具を安く下ろしてくれる地元の業者を見つけては、ようやく思った通りの家具の販売を開始することができたのです。

そして大工の見習いとしてしばらく働きながら、カンプラードが23歳になった頃にはIKEAは家具に関するカタログを発行すると家具だけに専念すると決めたのです。

ところがここでまた問題が起きます。

従来の家具を売っていた相手との競争が始まったのです。

この競争に勝つためにカンプラードは考え、そして顧客に実際に商品を見て触って、質感を実感してもらおうと思い立ったのです。

そして1951年に鉄道の街エルムフトにてIKEA初のショールームが開設されました。

これによってお客さんはよりIKEAの質感を感じられるようになりましたが、競争相手は低価格のIKEAに反発をしており、取引先からボイコットを受けてしまいます。

しかしここでカンプラードは考えて、材料を仕入れるのは安い海外にして、デザイン、製造、販売を自社で行って、購入者自身に組み立ててもらう!という画期的なアイデアを思いついたのです。

これによって、輸送コストや家具が傷ついたり組み立てる人件費や家具の値段など数多くの問題が一気に解消されることとなったのです。そして結果的にはライバル企業たちも後々この手法を取り入れることとなります。

その後、IKEAはスウェーデン全土に出現するようになります。

そして1965年に首都ストックホルムに開店するとノルウェー、デンマーク、ドイツ、オーストラリア、イギリス、アメリカとどんどんその範囲を広げていったのです。

 

その会社の雰囲気は非常にフレンドリーで、社内では肩書もスーツもネクタイもほとんどないと言います。

そしてカンプラード自身、お客さんから意見をもらう姿勢は子供の頃から一切変えていませんでした。1950年代に、昼食時になるとIKEAからお客が減ることに気づいたカンプラードはIKEAの中に格安のカフェを作ったり、託児所や子供の遊び場まで設置したのです。

こうしてお客さんの声に耳を傾けたカンプラードはやがて会社を上場することはなくとも、2007年にはフォーブス誌では世界で4番目の富豪と紹介されるまでになり、彼の作り出したIKEAは今や42の国、345店舗で年間400億ドルもの売り上げを誇ると言います。

 

カンプラード自体、学歴もなく、むしろそれをバネにして本も読まずに経験と祖母からもらった自制心と忍耐を貫いたことで事業を立ち上げました。

しかしそこには数々の問題が立ちはだかり、カンプラードはその問題を解決しようとしたことで、問題が起きる前よりも事業を良い状態にしていったのです。

問題は避けるものではなく、進化するための要素なのだとカンプラードは気づかせてくれました。

 

『いつまでも逃げている問題があるのであれば、それを乗り越えない限り成長はないのかもしれません。』

 

問題は大衆が何を求めているのかをどのようにして見極めるのか、それにどう応えるのが最良なのか、ということだ。私の答えは、常に普通の人たちのそばにいろ、ということだ。というのも、もともと私自身がその普通の人だからだ。

-Ingvar Kamprad

 

【参考記事】

https://en.wikipedia.org/wiki/Ingvar_Kamprad

http://money-academy.jp/ingvar-kamprad/

http://systemincome.com/tag/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%89

【参考書籍】

 

【写真引用元】

https://en.wikipedia.org/wiki/Ingvar_Kamprad

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