夢へのキャリア

度胸パねぇ!物流の世界を変えたFedExフレッド・スミス

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ネットが普及して、誰でもネットで購入したものを別のところで売ることで簡単に収入を得ることができるようになりました。

例えばアメリカのアマゾンから買ったおもちゃを日本でヤフオクで売るといったように。

いわば転売なのですが、私がネットで収益を上げた最初のきっかけもまさにこの転売が始まりでした。

そのときよく利用していたのが、アメリカから荷物が来るのはFedexかDHLで比較的安価なFedexをクレジットで利用することが多かったです。

 

そんなFedexは当時、不可能と言われていた翌朝配送を可能にして流通業界の常識をガラリと変えてしまった企業なのですが、始まりはとある一人の大学生のアイデアから始まったものでした。

 

今回はFedexを創業したフレッド・スミスのサクセスストーリーについてみていきましょう。

 

大きな敵に立ち向かうフレデリック・スミス

 

世界220の国と地域でサービスを展開し、翌朝配送という画期的なアイデアで流通業界を変えて見せたFedExコーポレーション。

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5兆円にも上る売り上げを誇る世界屈指の大企業を生み出したのは、一人の大学生が思いついたアイデアからでした。

今回はFedExを創業し、30万人もの従業員を抱えるまでに成長させたフレデリック・スミスのサクセスストーリーについてみていきましょう。

情熱と度胸の塊フレッド・スミス

 

1944年8月11日、アメリカのミシシッピにある裕福な家庭にスミスは生まれました。

父はバス路線事業を起業して成功を収めていましたが、スミスが4歳のときに亡くなってしまいます。また、骨の病気にかかったりして苦しめられたスミスでしたが、10歳になることには健康になり、15歳ではフットボール選手として活躍します。

そんななかスミスは勉強でも優秀な成績を残しながらすくすく育っていき、やがてイェール大学に進学します。

イェール大学では政治経済学を専攻して、後に大統領候補にもなるジョージ・ケリー上院議員と友人になり、趣味の飛行機操縦について熱く語り合っていました。

そして論文を書くときに、スミスは一つのアイデアを思いつきます。スミスはレポートに『国内のあらゆる場所に一晩で荷物を届けるビジネス』として次のことをまとめました。

・コンピュータが普及すれば修理の需要が増える

・メーカーは素早い修理のために調達スピードの需要が高まる

 

その論文を提出しますが、それを見た教授は『実現不可能』と言う理由でC評価しかくれませんでした。

こうして大学を卒業したスミスはロースクールとかに通うこともなく、1966年に海兵隊に入隊することを決めます。

海兵として4年間も務めたスミスは200回もの戦闘を経験し、ベトナム戦争では戦いのなかで膝を撃ち抜かれることがありながらも、200人もの兵士を率いるまでになっていたといいます。

ベトナム戦争での戦いを終えて除隊したスミスは、今度は継父の飛行機修理の会社を買収することにします。

ここで飛行機修理を始めるのですが、修理部品を取り寄せるのに時間がかかってなかなかサービスを提供できないと気づきます。

そして、調査をしてみると他の業種でもスミスが大学時代の論文で書いていた通り、配達が遅れるということに気づいたのです。

そんななか、ふと夜空を見上げると再びアイデアが思いついたのです。

飛行機が飛んでいない夜のうちに空輸をすればどうだろうか?

 

実は小口荷物の配達はあまりにも小さく、飛行機で運ぶと割に合わないためほとんどが電車や船便という遅い手段が主流だったのです。

しかしスミスは、それなら大量の荷物を一箇所に集めてそれをジェット機で運べば一日で配達できるぞ!

と思いつきます。

ここで確信したスミスは、27歳にして父が残した遺産400万ドルに加えて、数々のベンチャーキャピタリストから合計で9100万ドル(現在価値525億円)という破格の金額を集めてきたのです。

 

そしていよいよメンフィス国際空港に拠点を移して、アメリカの25年に向けてオーバーナイトデリバリー(翌朝配達)を行います。

ところがいざ飛行機も買い揃えて始めようと思った当初、やってきた荷物はたったの2つ。

計画は何度も頓挫して2年以上もの間ずっと赤字続きでついには2900万ドルもの負債を抱えてしまいました。

従業員に払えるお金を確保するためにもスミスがとった行動は、なんとギャンブルでした。

ラスベガスへと向かったスミスはブラックジャックにお金を賭けて、2万7000ドルを勝ち取って首をつないだと言います。

とはいえ、苦しいなかフレデリックの軍隊仕込みの従業員への教育方針で、なんとか収益を上げていき、借金は残ったものの1976年には7500万ドルもの売り上げを叩き出し1978年には株式公開を果たします。

そして一晩で荷物がたどり着くという物流の常識を変えたFedExは1984年には10億ドルを超え、ビリオン企業へと上り詰めたのです。

そんなある時、ライバル企業のUPS社で従業員がストライキを起こし80万個もの貨物がFedExに流れ込んできました。

この非常事態に対して、何千人ものFedExの従業員は自主的に集まり貨物を処理するという行動に出たのです。

これも『従業員が忠誠心を抱く会社は必ず伸びる』という死の淵を軍隊で経験したフレッドの方針からかもしれません。

この従業員に対してフレッドは、その努力をたたえて新聞の全面に広告を掲載して特別ボーナスを支給したそうです。

また、民間パイロットがクリスマスにストライキに入った時にも、FedExだけは影響を受けなかったと言います。

 

こうして素晴らしい従業員と企業文化を作り上げたフレッド・スミスは2012年にはスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツに次いでフォーチュン誌の『現代の最も偉大な起業家12人』の中で3位に選ばれたのです。

 

最初、スミスは名門大学に通っていましたがそれに甘んじて、簡単なレールを歩くという道は選びませんでした。

そして軍隊やアイデアを実行に移すなど、リスクを取りながらも失敗を恐れることなく前へと進み成功を勝ち取ったのです。

軍隊で死の淵を経験する生き様や、恐怖に負けずに前へと進んでいく姿から私たちもその度胸を学ぶべきなのかもしれません

「失敗しても命を落とすわけではないということには、もっと挑戦し続けるべきではないでしょうか」

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今のあなたは、あなたが望んだ姿である。

現状を変えたいと本気で思うなら、今すぐあなた自身を変えなければならない。

-Frederick W. Smith

 

所感

 

アメリカで老人を対象にしたある調査が行われました。

その内容が『後悔してることは何か?』

というものです。

 

そのうち90%近くの人が同じ回答をしていたようです。

あなたならばなんだと思いますか?

 

答えは

『チャレンジしなかったこと』です。

 

僕たちはついついチャレンジをせずに現状を維持しようとしてしまう生き物です。

それは時に危険な目から遠ざけてくれるのに非常に役に立つのですが、実際に行動を妨げる要因でもあります。

今回ご紹介したFedExの創業者は、名門大学に通いながらもロースクールという道を蹴って、ベトナム戦争で2回もベトナムに渡っています。

そのあとも500億円以上も集めて起業したりと、かなりハイリスクな道を歩んでいて、その度胸は人並みではないですね。

しかし、彼はリスクに関してはこう述べています。

ビジネスとは金に過ぎない、命や死でもない。大局観がなければ、所詮は些細なことでパニックに陥ったり、周章狼狽したりするはめに陥るだけ。

 

昔の日本では、大名行列を妨げるミスや、少し間違った道を歩むと『切腹』ということで命を落としてしまいました。

しかし、法も設備も整った今現在、たとえ失敗したとしてもその程度はしれているかと思います。

わたしたちも、失敗9回成功1回くらいの割合でもいいので、ジャンジャンこれからいろいろなことに挑戦していきたいと思います!

 

それでは最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

 

【参考記事】

http://www.achievement.org/autodoc/page/smi0bio-1

https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_W._Smith

http://money-academy.jp/overnight-delivery/

http://www.forbes.com/sites/abrambrown/2014/01/23/10-things-you-might-not-know-about-fedex-billionaire-fred-smith/#505981482bbd

http://www.referenceforbusiness.com/biography/S-Z/Smith-Fred-1944.html

http://press.airjapon.com/727.html

【写真引用元】

https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_W._Smith

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