夢へのキャリア

4度の離婚と32歳まで成功ナシ!?世界5位の金持ちラリー・エリソン

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先週2016年5月13日の金曜日、南カリフォルニア大学の卒業式である人物が壇上に上がって卒業生に向けてスピーチを行いました。

大学の卒業スピーチといえばスタンフォードでスティーブジョブズのスピーチが有名になりましたが、今回卒業生に知恵を授けた人物はジョブズの親友でもあるオラクル社長ラリー・エリソンです。

彼自身は大学は2度退学してそのあとは、いろいろな職を転々としながらやりたいことを探してたようです。

そもそもオラクルとかラリー・エリソンという言葉は、普通に生活していたら聞かない名前ですが、一体どんなことをしている人物なのでしょうか。

世界長者番付5位ラリー・エリソン

 

データベースソフトやビジネス向けのソフトウェアを開発するオラクルは、データベースシステムで世界市場のトップを占める会社で世界中で15万人もの優秀な人たちが働く企業です。

そんな大企業を作り上げたラリー・エリソンは資産5兆円以上を保有して、世界で5番目の億万長者です。

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さらに、自宅を日本庭園にしたり島を買ったりアイアンマン2に出演したりと目立つような行動で有名です。

今回は、大の日本好きでも知られているラリー・エリソンの波乱万丈な人生について見てみましょう。

情熱を求めた成功者ラリー・エリソン

 

1944年8月17日、ニューヨークのマンハッタンにてエリソンは生を受けます。

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しかし、実の母は当時未婚の19歳だったのでエリソンは9ヶ月でシカゴに住む叔母夫婦に養子として引き取られ、実の母の名前を知ることなく育ちます。

育ての親である叔母は優しく、叔父は厳しく、エリソンはよく叔父と対立したと言いますがその後もすくすくと育っていきました。

エリソンは無愛想ではありましたが頭がよくて、高校やそのあと進学したイリノイ大学でも優秀な学生として賞をもらっています。

ところがイリノイ大学に在学していても何をやりたいかがわからずに日々を過ごしていました。

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そして大学の期末テストを前にして、今まで育ててくれた優しい養母が亡くなってしまいます。

とてもショックを受けたエリソンは、気分が落ち込んで大学を辞めてしまいます。

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翌年の秋に、今度はシカゴ大学に通うことになりますが、ここも3ヶ月ほどで辞めてしまいます。

養父もエリソンに対して失望をしてしまいますが、エリソンはここでコンピュータに関する基礎を身につけていたのです。

しかし当時、親や学校の先生、そして周りの人たちはみんなエリソンの頭の良さから医者になって欲しいと思っていたようで、エリソン自身も医学を勉強していました。

しかし、どうしても解剖学や医学に対して興味が持てずにエリソンは諦めてしまったのです。

21歳で大学を退学したエリソンは結局一つも学位を持つことなく、ジーンズ、ジャケット、ギター、あらゆるものを車に詰め込んでカリフォルニアのバークレーへと向かいます。

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本当に情熱が持てる仕事を探すために。

ここでシエラネバダ山脈の美しい自然に魅せられたエリソンは、シエラクラブと呼ばれる環境団体に入って、川のガイドやロッククライミングのインストラクターとして働きます。

自然が大好きなエリソンはここですごく充実して楽しい日々を送っていましたが、バイトなので給料はそこまで高くはありませんでした。

ファーストフードとガソリン代程度の日銭を稼ぐためにも週に2、3日、バークレーに戻ってはコンピューターのプログラマーとしても働いていたのです。

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この時にエリソンは、プログラミングはパズルを解くような楽しさがあって得意かもしれないと感じていました。

そんなある日、結婚していたエリソンは奥さんから、バイトを転々としてないで就職するか大学で学位をとるようにと言われます。

エリソンは仕方なく、バークレーで勉強をしますがその中でも印象に残っているのが航海に関する勉強だったのです。

ここで雄大な海に魅せられたエリソンは、奥さんにボートを買って海に出ることを伝えると、『今まで聞いた話の中で一番馬鹿げている!』と言われて離婚させられたと言います。

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当然家族も医者になるものだと思っていたので、エリソンが志を無くしたと失望されます。

その後も人生で4度も離婚をしたり、32歳まで全く成功というものを味わうことのない生活を送っていました。

そんなエリソンがまだ20代のころ、のちにシリコンバレーと呼ばれる場所に位置するAmduhlという場所でプログラマーとして働いたのですが、そこで後に一緒に事業を立ち上げる同僚と出会います。

30代になってもまだ航海と同じくらい情熱を注ぐことができる仕事を探していたエリソンは、ここで『だったら自分で情熱を持てる仕事を作ろう!』と決意して起業に踏み切ったのです。

エリソンは優秀なプログラマーを集めますが、この時はまだ大企業を作るという考えはありませんでした。

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ところがここで作ったチームが当時は頭がおかしいと言われるようなアイデアを思いついたのです。

それが、世界で最初のリレーショナルデータベースという管理システムを作り上げるということでした。

当時、IBMを含む専門家たちは使えるレベルになるリレーショナルデータベースのシステムを作り上げるのは不可能だと言っていたのです。

しかし、専門家が間違っていると思ったエリソンたちは、傲慢だとか頭がおかしいと批判されながらも、リレーショナルデータベース開発に取り組みます。

この時、この管理システムを作るように依頼したのがCIAでそのプロジェクトの名前がオラクルだったのです。

2年間の契約でシステムを開発するように言われたエリソンたちは、その仕事を1年間で終えると、残りの1年間でアプリケーションの開発などを手がけました。

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そして、33歳でわずか自己資本1400ドル(約38万円)で設立したオラクルは、最初は8人の従業員とともに苦労をしたものの、7年連続で売り上げを倍増させていったのです。

 

1986年、ついに株式公開を果たしIPOで31億円を記録して規模を拡大させたオラクルですが、ここで暗雲が立ち込めてきます。

1990年、熱意を持った若手社員が収入を多く報告していたことが判明して、ここで初めて損失を出してしまいます。

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オラクルの資本は80%も下落して、破産の淵にまで追い込まれたのです。

ここで、エリソンは会社を徹底的に変革させるために、役員を当初から働いていたスタッフから経験者へと入れ替えて、マネジメントをプロに委任すると商品開発へと力を注ぎました。

 

そして1992年に完成したのがオラクル7と呼ばれるデータベースで、これによりオラクルはデータベース管理ソフトウェアの業界での地位を確立し、2年かけて当初の時価総額の株価に取り戻したのです。

 

こうして年間4兆もの売り上げを誇るシステム管理会社として成長を続けるオラクルへと進化し続けたのです。

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創業者のエリソンは、大好きなヨットレースで優勝したり、アイアンマン2で本人役として出演したり、ハワイの島の一角や航空会社を買い、さらには自宅を200億円かけて日本庭園にするなど、その好奇心には終わりがないようです。

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エリソンの邸宅

 

最初はエリソンも32歳まで成功とは程遠く4度も離婚し、周りの人たちを失望させては情熱を見つけるために職を転々としていました。

しかし、心から好きと思える仕事を諦めずに探し続けたことによって、優秀な人が集まり、不可能を可能にして世界で5番目の億万長者にまでなったのです。

 

ジョブズの親友としても知られるエリソンは、彼と同じく自分のやる仕事を愛することの大切さを教えてくれました。

 

「あなたが今やっていることに100%満足していると言えないのであれば少し冒険をしてみるべきなのかもしれません」

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情熱に火をつけるような仕事が見つかるまでずっと探し続けるんだ。私はそうした。

-Larry Elison

 

所感

ジョブズの親友ということで、2016年5月13日に南カリフォルニア大学行われたスピーチでは彼とのエピーソードも話してくれたエリソンですが、彼の経歴を初めて知る人たちも多いことでしょう。

故スティーブ・ジョブズも『やりたいと思える仕事が見つかるまでは、皿洗いでもなんでも仕事に携わった方がいい』と言ってますが、今現在の『大学』→『就職』が常識になってる時代で、初めて就いた仕事がやりたいことという可能性は低いかと思います。

 

エリソンは最初は周りからの期待で医学の勉強をしていたそうですが、どんなに周りが何かを言おうが、批判をしようが自分がどうなるべきかの最終決定権は自分にあるのだと思います。

その時にもしかしたら『クレイジー』のレッテルを貼られるかもしれませんが、そこがまさにあなたの人生が変わっている瞬間だと受け止めて前へと進んでいってください。

 

私もまた、この記事や他の成功者のストーリーを通して、一人でも多くの自信がなかったり、まだ人生の半分も終わってないのに見切りをつけてるような人たちに夢や希望を持って前へと進んでくれることを心から願っております。

 

それでは最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

 

 

【参考記事】

http://money-academy.jp/lawrence-ellison2661/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%BD%E3%83%B3

https://kigyotv.jp/news/lawrence-j-ellison/

https://en.wikipedia.org/wiki/Larry_Ellison

http://www.businessinsider.com/larry-ellison-usc-commencement-speech-2016-5

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AB_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)

 

【写真引用元】

http://www.businessinsider.com/larry-ellison-usc-commencement-speech-2016-5

http://www.wsj.com/articles/SB10001424052970203499704576625341289900796

https://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Illinois_system#/media/File:X_Picnic_181.jpg

http://www.forbes.com/forbes/welcome/

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