夢へのキャリア

9歳で親離れ!どん底から喜劇王のチャールズ・チャップリン

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おっす!舞台で演劇やってた村上です!

 

実はシンガポールに住んでた時に演劇のオーディションがあって、試しに受けてみようとすると、台本を選んでオーディションで演技しろとのことでした。

で、その台本を検索したらYouTubeに動画があったので、そのシーンをまんまパクったところ、140人のうちの20名くらいのオーディションに受かっちゃうという感じですね。

まぁ、結構楽しかったな。

 

で、実は僕にも尊敬する俳優さんは何人かいるのですが、今回はその中でも喜劇王と呼ばれたあの方のサクセスストーリーをご紹介していきましょう!

 

喜劇王チャールズ・チャップリン

俳優といえばハリウッド映画で派手な演技をする、イケメンの人を思い出す人も多いのではないでしょうか。

そのハリウッド史上、一言も話さずに映画を通して世界中の人々を笑わせ、時に泣かせるほどのとてつもない演技力を持った人物がいました。

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今回は数多くの俳優の中でも喜劇王と呼ばれ、国の英雄にもなった人物チャーリー・チャップリンについてお話ししていきましょう。

 

チャップリンの壮絶サクセスストーリー

1889年4月16日、イギリスはロンドンのとある舞台俳優の夫婦の間にチャールズ・チャップリンという男の子が生まれました。

しかし、チャップリンの両親は1歳の時に離婚してしまい、4歳上の父親違いの兄と母子家庭で育てられることになります。

チャップリンの母親は舞台で公演をしてきましたが、チャップリンが4歳の時に喉を潰してしまい舞台に立てなくなり、どん底の極貧生活に陥ります。

しかも、その生活に苦しくなったのか母親はチャップリン7歳の時に精神病を患い、亡くなる最後までずっと施設に入院をしていたのです。

チャップリンと4つ上の兄はとにかく生きることに必死で、床屋やガラス職人、新聞の売り子や盗みまで様々な道を歩みました。

9歳と13歳の2人だけの生活は苦しくあらゆる物事が普通の人よりもできない中、チャップリンは夢を見ることだけは止めませんでした。

職を転々としながらも、10歳のチャップリンは両親と同じ舞台の道でもある俳優学校に通っていました。

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ここでチャップリンは俳優として経験を積み、15歳になるまでには『シャーロックホームズ』のビリー役をはじめとして数々の舞台に立たせてもらえるようになっていたのです。

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パントマイムなどをしながら日銭を稼いでいく中、兄の勧めで名門でもあるカーノー劇団に所属できるようになりました。ここでチャップリンは6年もかけてアメリカやフランスなどで旅をしながら興業をします。

ある時、カーノー劇団の生活も6年が過ぎて24歳になったチャップリンはアメリカで映画プロデューサーであるマック・セネットに目をつけられます。

週給にして150ドルほどでしたが、翌年にはチャップリンは初めて『成功争ひ』という映画に出演できたのです。これを機にチャップリンはアメリカで活躍し始めます。

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↑初出演の『成功争ひ』(1914年)

一作目を終えたチャップリンはプロデューサーのセネットに『次の作品は何か面白い格好をするんだ!』と要求されたのです。チャップリンは楽屋に向かうと山高帽に窮屈な上着、ダボダボのズボンとぶかぶかの靴にチョビひげとステッキを持って登場しました。

これがチャップリンの初めてのサイレント映画でもある、『ヴェニスの子供自動車競争』だったのです。

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チャップリンの面白おかしい格好と、音がなくても手足で感情を表現する優雅なパントマイムは瞬く間に人気を集めていきます。

映画会社のトップスターでもある俳優と共演して人気者になったチャップリンは、同年に初めての監督も経験すると、その年だけで35本の短編映画とスカウトしてくれたマック・セネット監督の長編にも出演します。

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そして以前は週の給料は150ドルだったにもかかわらず、1915年には1250ドルにまで上がり、自身で監督した浮浪者のドタバタコメディは多くの子供達や辛い生活を送る人たちに、笑いで苦しさを忘れさせてあげるものとなったのです。

27歳にしてアメリカ大統領の7倍もの年棒と巨万の富を得るようになったチャップリンは、その後も人気は衰えることなく、やがてワーナーブラザーズの前身ファーストナショナル社で年間100万ドルの契約を交わします。

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↑チャップリンの素顔

この時にお兄さんのシドニーがマネージャーとなり、日本人の高野虎市が運転手として働くようになり、30を迎える頃には気の合う仲間とともに配給会社をも設立したのです。

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↑配給会社ユナイテッド・アーティスツ

もはや世界的大スターとなったチャップリンはここで、たった3分のシーンに368日もかけたりと、その完璧主義を見せながらマイペースに映画を製作していきます。

第1回アカデミー賞でも特別賞を受賞し、ガンディやアインシュタインなど数々の有識者と面会をしていたチャップリンですが、ここである問題が起きたのです。

MG-194. Mahatma Gandhi with Charlie Chaplin at Canning Town, London, September 22, 1931.    Mahatma Gandhi mit Charlie Chaplin und anderen in Canning Town (London) am 22. September 1931.

↑ガンジーとの面会(1931年)

 

当時、第二次世界大戦が終わりを迎えていたアメリカでしたが、共産主義のソ連とは冷戦状態に入りました。

そんな中でチャップリンの作品が共産主義に寛容で危険な思想を持っているかもしれないという理由で、国からバッシングや批判が次々と寄せられてきます。

そしてついにチャップリンは法務長官からアメリカの国外追放宣告を受けることになります。これによってチャップリンは再入国許可証を返還して、自らが成功を掴んだアメリカと決別したのです。

チャップリンは国を追放されて映画に出演する機会も激減しました。アメリカを出たチャップリンはその後一生を中立国であるスイスで過ごすことになります。

しかし、チャップリンのファンがここで激しく抗議をすると、追放を決定した国務長官の元には数万通にも及ぶ手紙が殺到したのです。

たとえ批判する者がいたとしても、世界中の多くの人たちがチャップリンの映画に笑わせてもらい日々を生きる活力をもらっていたことは変えられない事実だったのです。

そして20年も大きく時を刻み1971年、82歳になったチャップリンはパリ市議会から名誉市民の称号を与えられると翌年にはアカデミー名誉賞として選ばれ再びハリウッドへと足を踏み入れたのです。

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↑アカデミー賞授賞式

すでに年老いてしまったチャップリンが受賞の舞台へと登ると、観客席からは空気が割れんばかりのスタンディングオベーションが起こります。そして母国イギリスにてエリザベス2世よりナイトの称号を受け取ると、その2年後のクリスマスの朝に自宅でゆっくりと息を引き取ったと言います。

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その長い人生の初めは親の愛もあまり受けることができなく孤独で、毎日を必死で生きることで精一杯のちっぽけで無力な子供でした。

しかしどんな状況であってもチャップリンは夢を見て、想像することをやめずに希望の光に向かって歩いたことで、世界中の人に愛され、無数の監督の中でも偉大な喜劇王と呼ばれるまでになりました。

どんなに不幸と思われるような状況であったとしても、夢をみて行動を起こすことでそれを叶えることができるのだと彼は教えてくれました。

「もしあなたが夢に向かっていつか行動しようと思っているのなら、今がその時なのかもしれません。」

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人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだよ。

人生に必要なもの。

それは勇気と想像力、そして少しのお金だ。

-Charles Chaplin

 

 

それでは最後まで読んでくれて本当にありがとうございます!

 

【参考記事】

http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/chaplin.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BE%9B%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E7%AB%B6%E8%B5%B0

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3

 

【写真引用元】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BE%9B%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E7%AB%B6%E8%B5%B0

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3

https://en.wikipedia.org/wiki/Charlie_Chaplin

 

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