夢へのキャリア

英語圏なら誰もが知る起業家!リチャードブランソン!

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野球選手になりたいという人は、憧れの野球選手がいることでしょう。

歌手になりたいという人もまた、目標とする歌手が数人いるのではないでしょうか。

では、起業家になりたい人はどんな人を目標にしているというのでしょうか?

 

今回ご紹介する人物は、私を含む世界中の多くの起業家が憧れており、豪快な生き方が印象的な人物のリチャード・ブランソンです。

 

無類の冒険起業家リチャード・ブランソン

たった3年で3つの1000億企業を0からそれぞれ違う国で作り上げたり、熱気球に乗って太平洋を横断したりとそのアグレッシブな生き方をするリチャード・ブランソン。

英語圏で彼を知らない人は少なく、ブランソンが会長を務めるヴァージングループには200もの企業と5万人以上の従業員が働いているといいます。

今回はその一大帝国を築き上げたリチャード・ブランソンについて見ていきたいと思います。

 

1950年7月18日、イギリスのロンドン郊外で法廷弁護士の父とスチュワーデスの母との元にリチャード・ブランソンは生を受けました。

ところが生まれて間もなく、失読症という障害を持っていると気づき、本や文字を読むことがとても難しい状況だったのです。

そのため学校でも成績が悪く、いじめを受けていたので13歳になって男子校のスカイトクリフ校に移って勉強の代わりに運動を活かしていきました。

しかし、それもサッカーの試合で膝が故障して運動ができなくなってしまうと生活は一転します。全寮制だったためにそこでの居場所も失い、ブランソンは毎日のように図書館へ向かいそこが彼の居場所となっていたのです。

そこで女性を口説くきわどい物語の小説やエッセイを書きながら、いつしかジャーナリストになりたいと思い始めたのです。

そして17歳になると学校は必要ないと感じて退学してしまい、ビジネスを始めることにします。このとき、学校の先生は『彼は将来、大金持ちか犯罪者のどちらかだろう。』と語っているそうです。

最初に始めたインコやクリスマスツリーの販売は失敗に終わりましたが、ここで友人と共に学生向けの情報誌『student』を創刊するために準備をします。

学校の公衆電話から企業に対して自分にあたかも秘書がいるかのように話し、雑誌の広告スペースを売り込むとそこで雑誌を創刊するための資金を集めたのです。

そして当時は学生を中心とするヒッピーの活動が盛り上がっており、学生の意識が高まっていたこともあって、ブランソンが50,000部も無料配布したstudentはたちまちマスコミに取り上げられたのです。

そしてその創刊の過程で多くのミュージシャンやアーティストと出会い、インタビューなどを受けることにも成功します。

しかし、知名度が上がった一方で広告収入の不振などで赤字は続きました。そのうえボランティア事業を立ち上げたので出費が増えたので、ここで新しく収益を得られるビジネスを考え出します。

 

それがレコードの通信販売だったのです。当時は大手レコード会社の独占が強く、さらにヒッピーの盛り上がりからして新たな時代の音楽を求める傾向がありました。

こうして立ち上げたのがヴァージン・メール・オーダーでした。というのもブランソンを含め友人たちも経営の経験がなかったので素人という意味を込めてヴァージンと名付けたのです。

すると注文が続々と舞い込んできて、雑誌の創刊よりもはるかに魅力的になり始めたのです。しかし、21歳のときに購買税を払わずに逮捕され数日だけ拘留されてしまい目を覚まします。

さらには郵便局のストライキによって通販が止まったことをきっかけにオックスフォード通りで実店舗での販売に切り替えます。

これがヴァージン・レコードの始まりでした。

ここでは店内にくつろげる場所を提供して、従兄弟とともにお店を展開したのです。

そして1973年にはレコーディングスタジオを展開すると、そこでレコードの製作に取り掛かる方向へとシフトしたのです。

そして最初に契約をしたアーティストはマイク・オールドフィードという無名のギタリストでした。ところが彼の歌は45分もあり、歌もないのでラジオやヒット・チャートで注目を集めるとは思えませんでした。

しかし、予想に反して彼の音楽を気に入ったDJやマスコミたちによって広がっていき、無類の大ヒットを記録してしまったのです。

このおかげもあり、セックスピストルズのデビューやローリング・ストーンズを復帰させたりと、その利益は新人の発掘や大物アーティストの獲得に再投資されていきました。

そしてブランソン自身は音楽だけにとどまらず、そのほかにも次々と再投資を繰り返していきます。

その多くが、新規参入が難しいと言われてた銀行や航空会社、炭酸飲料や旅行会社などの古い体制が整った事業に関してでした。

ただ、そのどれもが成功しているというわけではなくなかには、涙を飲んで撤退した事業や競合に負けていったものもあります。

立ち上げた事業は400を超え、失敗や改善を繰り返しながら成功の道へと歩んでいったのです。

そしてブランソンの立ち上げたヴァージングループは日本を含める30カ国に展開し、50000人を超える従業員を保有するまでになり、ブランソン自身はその功績で2000年にエリザベス女王からナイトの称号を与えられるまでになったのです。

 

ブランソン自身、文字を読むのに苦労したり逮捕されたり、何度も失敗したりと決して恵まれていた分けではありませんでした。

しかし、失敗すればすぐに次に行動を続けることによって、イギリスの英雄となり自身も島や飛行機を購入し優雅な生活を送るまでになったのです。

あなたの目の前にある障害は、あなたの望む道にある石ころにしか過ぎず、必ず乗り越え前に進むことができるものです。

「その問題がどうすれば乗り越えられるのかの挑戦にワクワクしてみてはいかがでしょうか」

僕が冒険を好むのは事実だ。しかし、冒険をやる前の学習が一番魅力的なんだ。

-Sir Richard Charles Nicholas Branson

 

 

参考記事

http://money-academy.jp/space-music/

http://zip2000.server-shared.com/richard-branson.htm

http://lrandcom.com/under_45

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3

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